インタビュー / 原点は「ままごとあそび」 版画家安齋歩見の見つめる風景

2015 インタビュー / interview

版画家「安齋歩見」がAOMORI PRINTトリエンナーレ2014で大賞を受賞した。
受賞作品である「ピーナッツ戦争♯40」は、小砂での滞在期間中、元馬頭北保育所で制作された。
描かれているのは運動会の一場面、しかし人のように見えるそのシルエットは、よくよく見るとピーナッツだ。
その独特の視点はどこから生まれたのか。
創作の原点は意外にも「ままごとあそび」にあった。

AOMORI PRINTトリエンナーレ2014大賞

───まずは、AOMORI PRINTトリエンナーレ2014最高賞、おめでとうございます。いつ受賞されたと分かったのですか?

安齋: 昨年5月の末ですね。実はKEAの最中に一次審査の締め切りがあって、小砂の郵便局から作品を送りました、実物あります。

───え!こんなところに(洗濯バサミで干してある。)

安齋:4枚つなぎになっています。

───AOMORI PRINTトリエンナーレでは受賞後の昨年9月から、受賞作品の展示をされていたんですよね?

安齋:そうですね、すごい時間がかかったんですよ。今回から商店街の色々な場所に点在して展示をすることになったので、場所探しが大変だったようです。5月に受賞して、9月に展示。時差がありましたね。

───前回のAOMORI PRINTトリエンナーレにも参加されていたのですか?

安齋:はい。入選をして、作品集もいただきました。

───その入選された作品はどんな作品だったのですか?

安齋:それも「ピーナッツ戦争」のシリーズのひとつです。

───そうなんですね。「ピーナッツ戦争」シリーズは、いつから制作されていたのですか?

安齋:女子美術大学卒業直後の2009年から作り続けています。数え間違っていなければ今回受賞した#40まで、ピーナッツを使った作品が40点あります。

武蔵野美術大学の近くにアトリエを構え制作を続ける安齋。作業場には刷った版画紙を干すスペースが設けられている。室内を横断する紐から吊り下げられた版画紙を4枚とり外し、つなぎ合わせると「ピーナッツ戦争#40」が完成した。ピーナッツを擬人化した作品群には、独特の視点から生まれたユーモアが練り込まれている。

原点は「ままごとあそび」

───何故“ピーナッツ”を題材にした作品を作り始めたのですか?

安齋:女子美にいた頃はずっと抽象でカラーの版を刷っていたのですが、何かつまらなくなってきてしまって。丁度その頃通っていた工房で写真製版のやり方を教えてもらい、面白いなあと思っていた時、そこの社長さんがピーナッツをたくさん差し入れに持って来てくれました。工房のみんなで食べながら作品の話をしていた時に、ほかの作家さんから「ピーナッツを使って作品を作るのも面白そうじゃないか」とアドバイスをいただき、私自身もそう感じたので「飽きるまでやってみよう」と思ったことが始まりです。

───以前の作品と現在の作品、「カラーと白黒」「写真と抽象」って真逆だと思うのですが、どうして形式をまるっきり変えようと思ったのですか?その移り変わりにはどのような変化があったのでしょうか?

安齋:学部ではどのようにしたら上手く刷れるか、といった技術的な話や、手で版を描き込むことに重点をおくようなスタイルで授業が行われていたのですが、私はむしろもっと抽象的な「点」や「線」から想像を掻き立てるような形を構成していくことのほうに興味がありました。当時の作品のスタイルでは作品として1枚にまとめることが難しくて、見せ場のわからないまま卒業制作を終えてしまい、すこし虚しい気持ちが残ってしまいました。そんな時、擬人化しやすいピーナッツに出会い「ままごと遊び」のような作品をつくってみよう!と思い作り始めました。

───「ままごと」って安齋さんにとってどういうものですか?

安齋:幼い頃、ぴったりのサイズで人形に合う小物を手作りできた時の喜びを、鮮明に覚えています。「昔は絵を描くのもすごく楽しかったのに、なんで今は楽しくないんだろう」とか、大人になって忘れてしまっていた感覚を思い出し、遡ると「ままごと遊び」の楽しさに行き着きました。その時、色々なことがリンクしたんです。そうして「世の中の真似事」を作品で「真似る」という再構築的な制作法に辿りつきました。

───安齋さんのホームページを拝見させていただいたのですが、社会は「滑稽」だと言う安齋さんが、いつもどのような視点で人や社会を見ているのかがとても気になります。

安齋:私は東北の田舎で生まれ、育ったのですが、何かと行事が多くて、「なぜかよくわからないけど当たり前にやること」がたくさんあり、常に疑問がつきまとっていました。例えば、ご近所で集まる行事があると、おじいちゃんおばあちゃんたちが歌を歌ったりします。その時にみんな手拍子をするんですけど、絶対に手を擦るんです。その「擦る」動作は、いったい何なんだろう?と。99%は頭で理解しているのですが、1%くらいすごく気になっていて、ずっと疑問に思っているんです。

───とてもおもしろい視点をお持ちですね。安齋さんの世の中を見る目は、人々や社会の日常にある何気ないズレ(滑稽さ)を浮き彫りにするんですね。それにしても社会は滑稽だと潔く言える人って、そんなになかなかいないですよ。

安齋:そうですか(笑) でも「滑稽」っていう言葉が一番しっくりくるんですよね。

───ホームページを拝見してとても気になったことがあるのですが、「これをこういう風に表現したいというのがない」ということをおっしゃられていましたが、それはどういう意味ですか?

安齋:それは前までよく思っていたことで、最近はこれに補足を付けなければならないと思っているのですが、女子美にいた時、私は迷子だったんです。「本当に表現したいものは何か」を問うことは、私の勝手な解釈ですが、「自分の内側から色々なものをそぎ落として、コレだ!というものを見つける」ことだと思っていました。でもそれは見つからないまま卒業してしまいました。卒業直後「内側から探すことができないなら、外側から探そう」と思い直した事がきっかけで、時事的で人々や社会に接点のある作品づくりを始めました。

───あ、それで納得がいきました!昨年のKEAに出展されていた「毎日プリント」の作品ともぴったり繋がる気がします。

安齋:あの作品は、普段制作するものとは結構違う感じの作品でした。私は大学に入った当初から、「分からなくなったら、とにかく1日1プリント!」と決めてずっとそうしてきました。プリントって街に溢れていて、新聞や標識の印刷物もプリント(版画)。世の中はプリント(版画)でできている。そういう印刷物が社会や人の動きを変えているんじゃないか、と考え始め、それを色々な人に刷ってもらうことで、世の中にどんな変化が生まれるだろう?ということを思い取り組んだ作品でした。

───安齋さんの作品の背後には、いつも「人」が見えるような気がします。ピーナッツ戦争も、毎日プリントも、共通してそのような「人の気配」を感じます。

安齋:人との関りの中でいろいろなものをつくりあげていく、漠然としていますが、そういうものづくりをしていきたいです。版画の工程を全て独りでつくり上げるのではなく、色々な人と一緒につくりあげていきたいんです。

───安齋さんの作品から感じられる「温かみ」は、そこからきているのですね。

安齋は1ヶ月の小砂での滞在制作を通し、地域住民と交流しながら5点の版を制作した。住民のリクエストに応じて図案を決め、できあがった版を軽トラにプリントし、その軽トラが会期中小砂地区を動き回る。シルクスクリーンはいさご陶芸の藤田安雄さん所有のユンボにも施した。AOMORI PRINTトリエンナーレで大賞を受賞した「ピーナッツ戦争#40」も、滞在制作場所である左の元馬頭北保育所で制作された。

版に惹かれる理由

───さて、かなりざっくりとした質問なのですが・・安齋さんにとって「版」を「刷る」とは、どういうことですか?「絵」を「描く」ことと比べて、どう違うと思われますか?

安齋:それは「距離の問題」だと思います。「絵」を「描く」場合、自分とカンバスが直接近い距離にあります。しかし版画の場合、<自分 − 版 − 作品> という構図で、自分と作品の間に「版」があるんです。その “ワンクッション” が心地いいんです。たぶんそれを心地よく思う人たちが版画家になっているんだと思います。

───なるほど。安齋さんの作品は「写真製版」という技法を使っていますが、写真製版の特徴や良さとはなんですか?

安齋:写真は大学時代から趣味でよく撮っていました。写真製版の良さは、(わたし絵が下手なんですけど..) 絵が上手になったような感覚をもって作れるところが一番のポイントです(笑)! 私にとっては銅版などの他の手法よりも自分に合っていてつくりやすいと感じます。つくりやすさが大事です。

───私も写真を趣味でずっと撮っているのですが、「写真製版」とても興味深いです。お話をきいていたら、私も一度やってみたい!と思いました。安齋さんの作品は、人々に開けている作品ばかりだなと思います。取付き易さという性格は、安齋さんの作品自身の強みの一部なのだと思います。安齋さん自身が思う「自らの強み」は何ですか?

安齋:・・難しい質問ですね(笑)。作っても作っても飽きない性格をもっていることですかね。一つの作品をつくり上げるのがわりと速いのと、休憩せずに次の制作に取り組めるので、作品数が人より多いです。答えになっているでしょうか?

───ものづくりの体力がある、ということですね。一番大事なことです。

安齋さんの作品のもつ“ままごと的”でどこか“滑稽”な自由な遊び心と軽やかさ、それは、内省的且つ、人と社会を見る独自の目をもたれる安齋さんの、作品に対する真摯な姿勢と表裏一体になっているのだということが分かりました。
また、安齋さんのどの作品からも感じ取られる「温かみ」のようなものは、いつも「人」と共にある作品づくりの過程で生じるものなのだと思われました。

それにしても、生で見る安齋さんの版画作品、本当に白黒の味や風合いが直に感じられ、圧倒されました。

<聞き手:大津若葉>

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